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待ってました!何回も拝聴します。ありがとうございました😊
ありがとうございます✨お楽しみいただけたら幸いです❗️
いろいろな解釈ができますね。ワクワクしました。スズの木に飾るお話、クリスマスツリーみたいですね。
ありがとうございます✨ぼくも解釈を考えながらいつもワクワク感を大事にしています!いわれてみれば、ほんとうにクリスマスツリーのようですね!だから日本でもクリスマスが馴染んでいるのかもしれませんね✨
もしかしたら、これが起源かもしれませんね。
@@山岸有子-e1z 本当に、そうかもしれませんね✨
滋賀県に住んでいます。いつも目にする景色が、ただの名所旧跡でなく平面から4次元に見えてきてものすごく楽しくなりました。野洲川はいつもいきますが古代にそんな高貴なお方が、(オモイカネ)住まわれいたとは、知りませんでした。アマテラス大神様の岩戸のお話は、野洲川の近くに大岩山があり 大量の銅鐸が、見つかっています。また、野洲市民の大好きな[兵主神社]のいわれも繋がってまさに2022年が、永遠に繋がった感激を覚えます。野洲市内にいつもとおる神社がありますが、見たことない飾りで1回いきたいとおもっていましたが、なんかありそうです。あと富士山を(ヤスクニ宮)というのもヤスとかかわるんかなぁ。琵琶湖の土で富士山を作ったという伝説はあります。また 昔ある文献で、琵琶湖の水の量と富士山の中にある水量が、同じだと読んだことがあります。(周辺の湖が入るか否かは?)まさに😊🎉えみの世界です。ありがとうございました。
コメントありがとうございます!野洲の地はぼくも大好きな場所です。とくに、三上山にはなみなみならぬご縁があるようで、たびたび訪ねています。銅鐸との関係もすごく気になりますよね!兵主神社にはまだきちんと参拝できていないので、いずれ行ってみようと思っています。そして、野洲周辺の神社のしめ飾り、本当に独特ですよね!!勧請吊(かんじょうつり)といって、厄除けの意味があるそうですが、それだけではない気もします!それから、琵琶湖の土をさらって富士山をつくった話は、似たようなものがホツマツタヱにもあります。天照大神の孫・ニニキネ(瓊瓊杵尊)の時代に、ウツロヰという自然神が琵琶湖の土をさらって、富士山頂上の中峰を築いたそうです。とても面白いですよね✨野洲という地名と、ヤスクニ宮のヤスもきっと関わりがあるんでしょうね!
野洲の友人にこの話したら目が、めちゃくちゃ輝いていました。野洲は、滋賀県の中では田んぼばかりで、田舎というイメージが、きついので、高貴な方の、おすまいとなりハイテンションでした。ついでに三上山が、が、お好きでしたら瀬田の唐橋にあらわれた大蛇(?)の化身は、藤ケ崎龍神さんの龍とも言われてます。 藤ケ崎龍神さんは、琵琶湖で1番すばらしいところです。商業化されてないので、見つけにくいです。
@@Hinohi 瀬田の唐橋には行ったことがありますが、藤ヶ崎龍神さんはまだ訪ねられていませんね✨めちゃくちゃ気になっている場所です!いずれぜひ行ってみます❗️ありがとうございます✨
米原を過ぎて、京都に至る途中の新幹線の車窓から見える、三角形っぽいきれいなお山がずっと気になっていました。あれが三上山なんですね。存在感あるな~と思っていました。ホツマにまつわる重要な場所だったと知り、うれしいです。ありがとうございます。
@@かわいいももかちゃん コメントありがとうございます!ぼくもはじめて三上山をみたのは新幹線からでした!そしてあの存在感に、ぼくも意識をもってゆかれました✨三上山の地を訪ねてみて、ほんとうにすばらしいところだと感じました☺️三上山や御上神社も、とても素敵でした!ホツマツタヱとも関わっていると知って本当に驚くばかりでした❗️
😂😂😂👏👏👏👏素晴らしく興味深い解説 大変ためになりました!今回も素敵な動画ありがとうございます🙏🙏🙏神恩感謝✨✨
こちらこそ、コメントありがとうございます✨😆✨とてもとても嬉しいです、励みになります‼️こんな隠れたストーリーがあったとしたら、神話の世界もより豊かに、より親しみ深くなりますよね☺️
素晴らしい!いつも分かり易い解説ありがとうございます
ありがとうございます✨こうしてコメントいただけるのがなにより嬉しいです😆
古代の事、学んでいるのですが、元気を頂きますなんだか、岩とがくれした所に神々が岩とからの出す作戦を集まり練っている所にいるみたいです
岩戸かくれは、ホツマツタヱのなかでもちょっと特殊な場面のような気がしています。神々は頭をひねらせて、なんとか世を繋ごうとしたのだと思っています。
古代研究楽しいですね。素晴らしい研究を楽しみです前々から、歴史の始まりは天孫降臨から始まり日本が平定が広がって古事記に説明しているとずっと話されて来ましたが、まだ日本の始まりの神々いて存在しているとは考えてましたがホツマツタエに説明で矛盾が直りました。天津系の神々は征服して来る冷たい感じは子供の頃から正月の神社詣りしても感じてましたが事代主さんの働きは親近感が伝わります
ありがとうございます!事代主さんの活躍は本当に素晴らしいですよね!ホツマツタヱからするりと謎が解けてゆきます。
そうなんです。釣りしてて天津神の特使として出雲を我々に譲りなさいと交渉とい言えない征服をもちかける時の武力で屈伏させる事をかわしていて諏訪に戦いになって逃げ込んだ兄弟あたりユニークでしたが事代主さんはホツマツタエで譲ってから活躍されて大和系と平和を作る為奔走される様子微笑ましいですが古事記には感じられないのです。
ありがとうございます!本物にぼくもそう思います!平和のために「笑みす」となった事代主さんにぼくも心打たれました。
モチコ、ハヤコは姉ですね天照大御神さまは兄、スサノオは弟なかなか天照大御神さま女神さんから頭にある物だから、固定観念がホツマツタエに付いて行けない知った頃、根がらまりました。男神としっかり位置ずけると時系列が整う話しです。現代の落語家も話し 終わる時お後がよろしい様でで終わりますが、ホツマツタエの言葉の意味似てました。
コメントありがとうございます!ホツマツタヱでは男神の天照大神が記紀では女神となっているのはこうした瀬織津姫やワカヒメの活躍があったからだと思います。
天照大御神さまに瀬織津姫さまご夫婦は、お似合いですしね活躍も素晴らしい神様ですね
先生、発見しました。伊勢神宮の摂社ありますが、倭姫さまの宮に、天照大御神さまと瀬織津姫さまご夫婦を祀っている摂社ありました。また、いざわの宮お田植え祭には、男神として行われるホツマツタエを思わせる神事あります。伊勢神宮の下で伊勢でホツマツタエの男神天照さまを神事がずっとしていた事になります。解説として筑波でお生まれになった天照さまは富士山ふもとに宮を築き、伊勢で過ごされて亡くなり伊勢志摩に祀られたと解説してました。そこではホツマツタエ的に解釈し神事を古代からしていた事になります。驚きです、否定し嘘と考えてなかった事になります。
貴重な情報をありがとうございます!ホツマツタヱの記述が、実際の神社や祭祀とつながる瞬間というのは、とても感動しますよね!
先生、倭姫さまが伊勢神宮の位置決めてお住まいになる神宮建設の時代からだから、崇峻天皇の宮中で天孫降臨系の天照大御神さまと国津系の大物主さまを一緒に祭壇を起いていた事で疫病や飢饉で人口の半分亡くなった時に伊勢が定まるまで時間かかって伊勢にして、下にイザワノ宮でお田植え祭神の神事をずっとして着たときからホツマツタエの概念受け入れて神宮内の摂社、末社に天照さまと瀬織津姫さまのご夫婦神として祀っていたとは驚きでした。
🐲#瀬織津姫🌊
瀬織津姫のタグつけありがとうございます✨
待ってました!何回も拝聴します。
ありがとうございました😊
ありがとうございます✨
お楽しみいただけたら幸いです❗️
いろいろな解釈ができますね。
ワクワクしました。
スズの木に飾るお話、クリスマスツリーみたいですね。
ありがとうございます✨
ぼくも解釈を考えながらいつも
ワクワク感を大事にしています!
いわれてみれば、ほんとうにクリスマスツリーのようですね!だから日本でもクリスマスが馴染んでいるのかもしれませんね✨
もしかしたら、これが起源かもしれませんね。
@@山岸有子-e1z 本当に、そうかもしれませんね✨
滋賀県に住んでいます。いつも目にする景色が、ただの名所旧跡でなく平面から4次元に見えてきてものすごく楽しくなりました。野洲川はいつもいきますが古代にそんな高貴なお方が、(オモイカネ)住まわれいたとは、知りませんでした。アマテラス大神様の岩戸のお話は、野洲川の近くに大岩山があり 大量の銅鐸が、見つかっています。また、野洲市民の大好きな[兵主神社]のいわれも繋がって
まさに2022年が、永遠に繋がった感激を覚えます。野洲市内にいつもとおる神社がありますが、見たことない飾りで1回いきたいとおもっていましたが、なんかありそうです。あと富士山を(ヤスクニ宮)というのもヤスとかかわるんかなぁ。
琵琶湖の土で富士山を作ったという伝説はあります。また 昔ある文献で、琵琶湖の水の量と富士山の中にある水量が、同じだと読んだことがあります。(周辺の湖が入るか否かは?)
まさに😊🎉えみの世界です。
ありがとうございました。
コメントありがとうございます!
野洲の地はぼくも大好きな場所です。
とくに、三上山にはなみなみならぬご縁があるようで、たびたび訪ねています。
銅鐸との関係もすごく気になりますよね!
兵主神社にはまだきちんと参拝できていないので、いずれ行ってみようと思っています。
そして、野洲周辺の神社のしめ飾り、本当に独特ですよね!!勧請吊(かんじょうつり)といって、厄除けの意味があるそうですが、それだけではない気もします!
それから、琵琶湖の土をさらって富士山をつくった話は、似たようなものがホツマツタヱにもあります。天照大神の孫・ニニキネ(瓊瓊杵尊)の時代に、ウツロヰという自然神が琵琶湖の土をさらって、富士山頂上の中峰を築いたそうです。
とても面白いですよね✨
野洲という地名と、ヤスクニ宮のヤスもきっと関わりがあるんでしょうね!
野洲の友人にこの話したら
目が、めちゃくちゃ輝いていました。
野洲は、滋賀県の中では田んぼばかりで、
田舎というイメージが、きついので、高貴な方の、おすまいとなりハイテンションでした。ついでに三上山が、が、お好きでしたら瀬田の唐橋にあらわれた大蛇(?)の化身は、藤ケ崎龍神さんの龍とも言われてます。 藤ケ崎龍神さんは、
琵琶湖で1番すばらしいところです。商業化されてないので、見つけにくいです。
@@Hinohi 瀬田の唐橋には行ったことがありますが、藤ヶ崎龍神さんはまだ訪ねられていませんね✨めちゃくちゃ気になっている場所です!いずれぜひ行ってみます❗️ありがとうございます✨
米原を過ぎて、京都に至る途中の新幹線の車窓から見える、三角形っぽいきれいなお山がずっと気になっていました。あれが三上山なんですね。存在感あるな~と思っていました。ホツマにまつわる重要な場所だったと知り、うれしいです。ありがとうございます。
@@かわいいももかちゃん
コメントありがとうございます!
ぼくもはじめて三上山をみたのは新幹線からでした!そしてあの存在感に、ぼくも意識をもってゆかれました✨三上山の地を訪ねてみて、ほんとうにすばらしいところだと感じました☺️
三上山や御上神社も、とても素敵でした!
ホツマツタヱとも関わっていると知って
本当に驚くばかりでした❗️
😂😂😂👏👏👏👏素晴らしく興味深い解説 大変ためになりました!
今回も素敵な動画ありがとうございます🙏🙏🙏神恩感謝✨✨
こちらこそ、コメントありがとうございます✨😆✨とてもとても嬉しいです、励みになります‼️
こんな隠れたストーリーがあったとしたら、神話の世界もより豊かに、より親しみ深くなりますよね☺️
素晴らしい!いつも分かり易い解説ありがとうございます
ありがとうございます✨
こうしてコメントいただけるのが
なにより嬉しいです😆
古代の事、学んでいるのですが、元気を頂きます
なんだか、岩とがくれした所に神々が岩とからの出す作戦を集まり練っている所にいるみたいです
岩戸かくれは、ホツマツタヱのなかでもちょっと特殊な場面のような気がしています。
神々は頭をひねらせて、なんとか世を繋ごうとしたのだと思っています。
古代研究楽しいですね。
素晴らしい研究を楽しみです
前々から、歴史の始まりは天孫降臨から始まり日本が平定が広がって古事記に説明しているとずっと話されて来ましたが、まだ日本の始まりの神々いて存在しているとは考えてましたがホツマツタエに説明で矛盾が直りました。天津系の神々は征服して来る冷たい感じは子供の頃から正月の神社詣りしても感じてましたが事代主さんの働きは親近感が伝わります
ありがとうございます!
事代主さんの活躍は本当に素晴らしいですよね!
ホツマツタヱからするりと謎が解けてゆきます。
そうなんです。釣りしてて天津神の特使として出雲を我々に譲りなさいと交渉とい言えない征服をもちかける時の武力で屈伏させる事をかわしていて諏訪に戦いになって逃げ込んだ兄弟あたりユニークでしたが事代主さんはホツマツタエで譲ってから活躍されて大和系と平和を作る為奔走される様子微笑ましいですが古事記には感じられないのです。
ありがとうございます!
本物にぼくもそう思います!
平和のために「笑みす」となった事代主さんにぼくも心打たれました。
モチコ、ハヤコは姉ですね
天照大御神さまは兄、スサノオは弟
なかなか天照大御神さま女神さんから頭にある物だから、固定観念がホツマツタエに付いて行けない知った頃、根がらまりました。男神としっかり位置ずけると時系列が整う話しです。
現代の落語家も話し 終わる時
お後がよろしい様でで終わりますが、ホツマツタエの言葉の意味似てました。
コメントありがとうございます!
ホツマツタヱでは男神の天照大神が
記紀では女神となっているのはこうした
瀬織津姫やワカヒメの活躍があったからだと思います。
天照大御神さまに瀬織津姫さま
ご夫婦は、お似合いですしね活躍も素晴らしい神様ですね
先生、発見しました。
伊勢神宮の摂社ありますが、倭姫さまの宮に、天照大御神さまと瀬織津姫さまご夫婦を祀っている摂社ありました。また、いざわの宮お田植え祭には、男神として行われるホツマツタエを思わせる神事あります。
伊勢神宮の下で伊勢でホツマツタエの男神天照さまを神事がずっとしていた事になります。解説として筑波でお生まれになった天照さまは富士山ふもとに宮を築き、伊勢で過ごされて亡くなり伊勢志摩に祀られたと解説してました。そこではホツマツタエ的に解釈し神事を古代からしていた事になります。驚きです、否定し嘘と考えてなかった事になります。
貴重な情報をありがとうございます!
ホツマツタヱの記述が、実際の神社や祭祀とつながる瞬間というのは、とても感動しますよね!
先生、倭姫さまが伊勢神宮の位置決めてお住まいになる神宮建設の時代からだから、崇峻天皇の宮中で天孫降臨系の天照大御神さまと国津系の大物主さまを一緒に祭壇を起いていた事で疫病や飢饉で人口の半分亡くなった時に伊勢が定まるまで時間かかって伊勢にして、下にイザワノ宮でお田植え祭神の神事をずっとして着たときからホツマツタエの概念受け入れて神宮内の摂社、末社に天照さまと瀬織津姫さまのご夫婦神として祀っていたとは驚きでした。
🐲#瀬織津姫🌊
瀬織津姫のタグつけありがとうございます✨